犬や猫が問題行動(飼い主にとって困った行動)をとったときに、その原因を探り、行動を修正していくようにトレーニングしていかなければなりません。そのためには、犬や猫が日々どうやって学習しているのかを知り、その学習理論を踏まえた上で行動を修正していくことになります。しつけの本やインターネットなどの情報でご存知の方も多いと思いますが、基礎となることをまとめてみたので参考になさってください。
問題行動の原因
問題行動の原因にはさまざまなことが考えられます。原因が複数であることもあります。
例えば・・・
- 身体疾患…さまざまな病気、とくに痛みを伴う病気
- 遺伝…強い不安感やストレス耐性(ストレスへの適応度)が低いなど
- 不十分な社会化…社会化期*もよばれる社会環境に適応しやすい時期に、刺激の少ない生活環境で過ごしたり、仲間や人とコンタクトが少なかったなどの経験不足(*犬は生後3~12-14週間目ごろ、猫は生後2~8週間目ごろまで)
- トラウマ(心的外傷)となる嫌な経験
- 飼い主との関係…飼い主がかまわなすぎる(退屈)あるいはかまい過ぎ
- ストレス…不満足な環境や同居仲間(犬・猫や他の動物)、飼い主との緊張した関係など
- 間違って学習した…その行動をとると、いいこと(成果)があり強化された(例えば、咬むと触るのをやめてくれたので咬むことが強化された)
犬や猫が問題行動をみせたら、まずは、獣医師に身体疾患がないかチェックしてもらいましょう。体のどこかに痛みがあるために威嚇したり攻撃性を示すことも少なくありません。原因によっては(たとえば遺伝要因など)、行動を修正するのが難しいこともありますが、環境を改善したり、トレーニングすることで行動を修正していきます。場合によっては、薬やサプリメントを補助的に併用することもあります。
学習理論~慣れる、古典的条件づけ、オペラント条件づけ
“学習する”とは、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)を通じて得た情報が脳にインプットされ、後々のさまざまな行動に影響を与えることです。学習することは、日々生きていくために必要なものを調達したり、危険なものを避けたりするために必要不可欠です。社会化期に母犬(猫)や兄弟仲間の行動から多くのことを学びますが、おとなになってからも仲間の行動を見て真似て行動することも学習のひとつです。
慣れる
犬や猫は、見知らぬ刺激(音、におい、物体など)に接すると、危険な可能性もあるので、当然緊張したり恐れたりします。しかし、いちいち刺激に反応していてはムダなエネルギーを使うので、これらの刺激に何度もふれ経験を重ねていくうちに、身の安全を脅かすような危険はないとわかれば、いずれ刺激になんの反応も示さなくなります。つまりムダなエネルギーを使う必要がなくなり効率よく行動することができます。これが「慣れる」です。いちばん単純な学習理論です。
古典的条件づけ
古典的条件づけでは、2つのシグナル(刺激)が組み合わさって何度も繰り返し起こり脳にインプットされます。有名な「パブロフのイヌ」の実験では、なんの意味もない中立的な刺激(ベルの音)とフードの組み合わせが同時に繰り返され、犬はその音を聞くだけでよだれが無意識のうちに出るようになりました。
日常生活でも、いつもフードやおやつを置いている棚や引き出しを開ける音、ドライフードの袋の音を聞いただけで、犬や猫が反応する光景はよくみられますね。これは、2つの刺激が何度も同時に繰り返されることによって脳で関連づけられた結果です。
刺激(フード) ⇒おいしい!(よだれ) |
刺激(フード)+ 刺激(フード開ける音) ⇒おいしい!(よだれ) |
同時に繰り返されると… |
刺激(フード開ける音) ⇒おいしい!(よだれ) |
古典的条件づけは、2つの刺激に起因する生理的反応(条件反射)で、犬や猫の意思と関係ありません。
よいことだけでなく、嫌なことと組み合わされれば、緊張や不安感が生じます。たとえば、特定のにおい(動物病院のにおいなど)や音(雷の音など)と不安な気持ちが組み合わされれば、そのにおいを嗅いだり、音を聞いたりするだけで不安な気持ちになるでしょう。
オペラント条件づけ
オペラント条件づけでは、シグナルと行動とが組み合わさって脳にインプットされます。
この行動は、その行動をとった直後の反応、つまりその結果に影響されます。結果、よいことが起こったり、嫌なことがなくなれば(成果があれば)その行動は強化され(頻度が増える)、反対に嫌なことが起こったり、よいことがなくなれば(成果がなければ)その行動は弱化(頻度が減る)されます。
加える(+) | 取り除く(-) | |
行動の頻度が増える(強化) | よいことが起こる | 嫌なことがなくなる |
行動の頻度が減る(弱化) | 嫌なことが起こる | よいことがなくなる |
古典的条件づけと違い、行動は無意識ではなく自発的にとられます。どちらの条件づけも、タイミング(1秒以内に起こる)と何度も繰り返されることで脳にインプットされます。
日常生活では、コマンドの練習も、オペラント条件づけによって強化されています。例えば、”オスワリ”のコマンドに従ってほうびのおやつをもらうことを何度も繰り返せば、”オスワリ”のコマンドだけで(おやつがなくても)座るようになります。
ほうびと罰
それでは、オペラント条件づけに従い、好ましい行動は頻繁にとってほしい(強化したい)のでほめ、好ましくない行動はとってほしくない(弱化したい)ので罰すればいいのでしょうか?
ほうびと罰を与えられたときの感情を、犬のコマンドの練習を例にとってみてみましょう。
加える(+) | 取り除く(-) | |
ほうび(報酬) | 感情:うれしい 例えば、コマンド”オスワリ“に従って座り、ほうびのおやつをもらう。 | 感情:ホッとする 例えば、コマンド”フセ“ができずに、飼い主がリードを下に強く引っ張り無理やり伏せさせる。伏せたとたんにリードが緩んで、引っ張られたときの痛みが消える。 |
罰
| 感情:不安、恐怖 例えば、コマンド”オスワリ”に従わず、飼い主が犬をたたく。 | 感情:フラストレーション 例えば、コマンド”フセ“に従って伏せたにもかかわらず、すぐにできなかった(少し時間がかかった)ので、飼い主はあげようと思って手にもっていたおやつをあげるのをやめる。 |
罰には、常にネガティブな感情が生じ、トレーニングで罰することには以下のようなリスクが伴います。
- まず、罰がその行動とが頭の中で結びつくには、適度な強さ、的確なタイミング(1秒以内)、理解するまでその行動をとったら必ず罰するという3つの条件を満たさなければならず、犬(猫)にうまく伝わらないことも多く、簡単ではありません。
- 罰は精神的あるいは肉体的な痛みや苦痛を伴います。飼い主から体罰をあたえられれば、不安や恐怖といったネガティブな感情が生じ、学習意欲が下がるだけでなく、飼い主を怖がるようになり飼い主との信頼関係が崩れます。
- あるいは、不安、ストレス、フラストレーションといった感情が生じ、場合によっては飼い主に対して攻撃的になる可能性もあります。
- 罰が、修正したい行動ではなく、たまたま近くにいた人や同居仲間と結びついてしまい、これらの人や同居仲間に攻撃的になる(転嫁攻撃)可能性があります。
このような理由から、痛みや苦痛をともなう罰を与えることはしつけや行動の修正法には適していません。罰するよりほめてしつけるが基本です。
それでは、どのようにほめればいいのでしょうか?
ほめるためのほうびとは、犬や猫の好みに応じて、たとえば、好きな食べ物を与える、言葉でほめてあげる、なでてあげる、好きなおもちゃを与える・・・などです。ほうびが魅力的であるほどモチベーションは高まります。何も与えなくても、飼い主の注意を引くこと、投げられたボールを取ってくること自体ががほうびになっていることもあります。
いちばん効果があるのは、フードやおやつを使うことでしょう。大事なのは、行動を示したあとのほめるタイミング(理想は1秒以内)を逃さないことと、モチベーション(動機づけ、やる気)を上げることです。大好きなおやつは、モチベーションがやや下がってきたときのためにとっておき、はじめは、お腹が空いている時に普段食べているフードを使う方が無難です。
ほうびの与え方ですが、はじめは好ましい行動をいつもほめてあげます。しかし、その行動をしっかり理解し、確実にできるようになったら、いつもほめる必要はありません。ほめる頻度をを3回に1回、5回に1回などと不規則に減らしていきます。意外かもしれませんが、毎回ほめるよりも、ランダムなほうが、「もしかしたら、今回はほうびのおやつをもらえるかもしれない」という期待度が高まり、その結果、行動がより強化されます。これは、人間が「今度こそは……」と、ゲームや賭け事をやめられなくなる心理と似ています。
逆にいえば、犬や猫が食事中にねだってたまにおこぼれをもらえれば、毎回おこぼれをもらうよりも期待度がいっそう高まり、その行動は飼い主によって知らず知らずのうちにより強化されているということなのです。
行動修正法~系統的脱感作、拮抗条件づけ、代替行動のトレーニング
ペットの行動を修正していく上で最もよく使われるのは、系統的脱感作、拮抗条件づけ、代替行動のトレーニングです。これらはおもに組み合わせて使われます。行動を修正していく上で最も大切なことは、感情を変えていくことです。無理矢理行動を修正してもネガティブな感情のままでは、問題を解決したことにはなりません。行動を修正していくには、時間と根気、そして愛情が必要です。
系統的脱感作(徐々に慣らす)
不安、興奮、ストレスなどを引き起こす刺激が明確に分かっている場合に、これが中立的な刺激になるように徐々に慣らしていく修正法です。慣らしていく過程で、反応しない程度の刺激の強さや距離からはじめ、リラックスしていることを確認しながら時間をかけて少しずつ刺激の強さを高めていきます。
例えば・・・
掃除機の音を怖がる犬に対して、不安を感じない程度の一番小さな音で十分な距離をとってトレーニングしていきます。同時に犬がリラックスできる場所(自分のベッドなど)で待つように”マテ”や”ハウス”などのコマンドを与え(コマンドはできるように日頃からトレーニングしておきます。)、掃除機の音を聞いてもリラックスしていれば、ほうびをあげます。これを毎日数回繰り返し、一週間ほどかけて段階的に掃除機の音および掃除機との距離を徐々に上げていきます。目標は、掃除機の音を聞いても不安にならずリラックスして待てるようになることです。予期できないの音(花火、雷など)を怖がる場合は、Youtubeなどでこれらの音を探して、ドアベルなどは録音して、小さなボリュームからはじめます。
例えば・・・
散歩時に他の犬を怖がる場合なども、犬との距離を少しずつ縮めていきます。このような場合は、トレーニングのシチュエーションを設定するのが困難です。はじめは、どんな犬にもフレンドリーな犬に協力してもらう必要があります。拮抗条件づけと組み合わせ、他の犬の存在と好ましいこと(たとえばおいしいおやつ)を条件づけしていきます。
拮抗条件づけ (逆条件づけ)
古典的条件づけを利用して、不安、興奮、ストレスなどを引き起こす刺激と好ましいこと(たとえばおいしいおやつ)の組み合わせを何度も繰り返します。すると、ネガティブな感情が、いつの間にかポジティブな感情に変わります。このように、不安や恐れといった感情を、安心やうれしさといった反対の感情に条件づけることが拮抗条件づけです。拮抗条件づけは、おもに系統的脱感作と組み合わせて行います。
例えば・・・
特定の訪問者を怖がるな犬や猫に、訪問者の到着と同時においしいおやつをあげ、怖い訪問者の存在を、うれしいといった反対の感情に条件づけていきます。
刺激(訪問者) ⇒こわい |
刺激(訪問者)+ おやつ ⇒おいしい!(うれしい) |
同時に繰り返されると… |
刺激(訪問者) ⇒おいしい!(うれしい) |
例えば・・・
ブラッシングを嫌がる犬や猫に、ブラシの存在を嫌な感情からおやつをもらえるといううれしい感情に条件づけしていきます。ブラッシング用に大好きなおやつを用意しておきます。系統的脱感作と組み合わせ、ブラッシングしてもリラックスしていられる時間からはじめ、少しずつ時間を延ばしていきます。はじめは、ブラシのにおいを嗅がせたり、ブラッシングせずに、ブラシで体に触れるだけでもOKです。
代替行動のトレーニング
代替行動のトレーニングは、古典的条件づけではなく、オペラント条件づけを利用した拮抗条件づけとも言えます。”望ましくない行動”の代わりに”望ましい”代替行動をとるように強化して(ほめて)いきます。代替行動は、望ましくない行動と同時にすることができない行動やオペラント条件づけですでに学習したコマンドが使われます。
例えば、・・・
散歩中、他の犬を見たら興奮して吠える犬に、”オスワリ”や”フセ”のコマンドを与え、吠えるのをやめてコマンドに従ったらほうびをあげてほめます。コマンドは、確実にできるように予めトレーニングしておきます。コマンドに従い座ったり伏せたりする方がよいことがあるので、この代替行動の方が強化されます。オスワリやフセは犬が精神的にも落ち着ける体勢で、ほうびのおやつを食べている状態で犬は吠えることができません。この場合も、系統的脱感作と組み合わせて他の犬と十分な距離をとり、徐々に距離を縮めていきます。
さいごに
本当に大切なのは、問題行動が起こらないように「予防」することです。ペットと暮らしはじめたら、心地よく住める生活環境を整え、心身ともに満足できるように個々の行動ニーズを満たし、問題行動が起こったり助長することがないように心がけたいですね。そして、仲良く長く暮らしていくために、わたしたちもペットのことをもっと理解し、上手にコミュニケーションが取れるように学ぶことが大切です。とくに犬の飼い主さんは、基礎のトレーニングを通じて、犬との信頼関係を築くことが求められます。
ペットの”困った行動“について、インターネットや本、あるいはペットを飼っているお友達から、たくさんの情報やアドバイスを得る機会も多いでしょう。有益な情報もたくさんあり、うまく解決できる場合もあります。解決できない場合もあります。行動を修正していくには、個々の気質、飼い主との関係、ペットを迎え入れた事情や生活環境などを考慮しながら原因を探していくので、似たような問題であっても、個々のケースによって対処法が異なるからです。
ペットとの暮らしがストレスであったり、日常生活に支障をきたすような深刻な問題行動に悩んでいる飼い主さんは、ひとりで抱え込まずに専門家に相談してみることをおすすめします。