犬の認知症~アルツハイマー~典型的な症状と予防・治療方法を獣医師が解説

猫についていく犬

過去数十年で、人間だけでなくペットの平均寿命も大幅に延びました。食生活や住環境の向上、医療の進歩、飼い主さんのペットに対する意識の向上などがその理由に挙げられます。犬も年をとれば病気になることが増えます。中でも飼い犬が、人間のアルツハイマー病によく似ている認知症になることが現在よく知られています。根治させることは不可能ですが、認知機能低下のサインに早期の段階で気づき治療を始めることで病気の進行を遅らせることができます。

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犬の認知症とは?

認知機能が年とともに低下する認知機能障害(CDS=Cognitive Dysfunction Syndrome)、その中でもアルツハイマー型認知症という病名は多くの方が耳にしたことがあると思います。犬の認知症は人間のアルツハイマー病にとてもよく似ており、犬の認知機能障害と呼ばれています。ペットの寿命が今ほど長くなかった何十年か前には聞かなかった病気なので、比較的新しい病気と言えます。

犬も人と同様、加齢にともない脳の血管障害、活性酸素(フリーラジカル)の増加、ベータアミロイドと呼ばれるタンパク質の沈着などによって脳の神経細胞にダメージが生じます。年とともにダメージを受けた細胞を修復する能力も衰え、神経細胞の減少・神経細胞死や脳の萎縮など、脳の組織構造に変化が生じ、その結果、神経細胞間の伝達能力が妨げられ、さまざまな行動の変化を引き起こします。遺伝、食生活、ライフスタイルなどが影響していることもわかっています。

犬の品種やサイズによっても異なり、大型犬種は小型犬種よりも寿命が短いため認知症は小型犬に、品種では日本犬に、性別ではオスよりもメスに、またオスでは去勢手術している犬に認知症が多いという報告もあります。

11~12歳の犬の28%、15~16歳の犬の68%に認知症の症状である行動の変化が1つ以上認められたとの報告もあり、多くの調査から、8歳以上の犬の発症率は14~22%と推測されています。

症状

老犬

まずは、犬の行動に変化がみられるようになります。全体として、認知症に関連する行動の変化は犬と飼い主との絆に影響を与える可能性があります。犬が飼い主とのコミュニケーションをとるのが難しくなるからです。

犬の認知症の典型的な症状(行動の変化)は、現在頭字語DISHAALを使って、7つのカテゴリーで以下のように表されています。最後のは、コマンドなどこれまでよくトレーニングされた犬で顕著にあらわれます。

ただ、人と同じで犬も年をとれば、生理学的および行動に変化がみられます。たとえば、加齢とともに睡眠のサイクルに変化があったり、好奇心、注意力、学習力、および記憶力などが低下することがわかっています。これらが”健康な老化プロセス“なのか“病理学的老化(認知症)”なのか判断するのが難しいところです。

見当識障害 Disorientation 

  • 方向感覚を失い慣れ親しんだ場所から戻れなくなったり家具などの障害物を回避できない
  • 壁や床をぼんやり見つめたり立ちつくす
  • 身近な人や仲間のペットを認識できない
  • ドアの反対側に立ったり、 ドアや壁にぶつかる
  • 食べ物を落とす、また落としても見つけられない
  • 刺激(音や物)に対する反応が低下する、あるいは敏感になる(ほえる)

人や他の動物との関わり方に変化 Interactions 

  • 飼い主への関心が薄くなり、飼い主とのふれ合いを好まなくなる
  • 飼い主や知っている犬にもあいさつしなくなる
  • 飼い主に過度に依存し「しがみつく」
  • 飼い主や他のペットに友好的でなくなり、イライラしたり攻撃的になる

睡眠サイクルの乱れ Sleep

  • 夜間起きていることが多く、落ち着かない、徘徊する
  • 夜鳴き
  • 昼間の睡眠がふえる

不適切な場所での排泄 Housetraining

  • トイレ以外の場所で粗相(ウンチやシッコ)
  • これまでのように排泄したいサインを示さなくなる
  • 散歩からもどって、家の中で粗相
  • クレートや自分の寝場所で粗相

活動レベル Activity level 

増加

  • あてもなく徘徊する
  • 空気を舐めようとしたり、パクリと食べようとしたりする
  • 飼い主やその辺のものをなめる
  • 食欲の増加(食べたことを忘れる、より速くまたはより多く食べる)

低下

  • フードやおやつへの関心が低下
  • 探索や遊びなどの活動の低下
  • セルフケア(毛づくろいなど)の減少

不安の増加 Anxiety 

  • 吠える、興奮して落ち着かない
  • 音や物に対する不安やおそれ
  • 新しい場所や人をこわがる
  • 分離不安(飼い主が傍にいないと不安になる)

学習や記憶 Learning and Memory 

  • これまでに学習したことが分からなくなったりできなくなったりする
  • 使い慣れたコマンドやトリックに応えるのが遅くなる
  • 新しいことを学習するのに時間がかかる、あるいはできない

診断

日頃から犬と過ごす飼い主の注意深い観察が診断する上で最も重要な要素になります。「年だから…」なのか認知症なのか判断するのは容易ではありませんが、上記のような行動の変化が見られたら、まずはかかりつけの獣医師に相談してみましょう。

行動の変化が1つや2つみられても認知症と診断することはできませんが、多くの症状がみられるようなら認知症の可能性も疑われます。ただ、認知症の症状は痛みや他の病気のサインとくに、視聴覚機能の低下、肝臓・腎臓疾患、甲状腺機能低下症・副腎皮質機能亢進症・糖尿病などの内分泌疾患、脳腫瘍…)と重なることも多いので、まずは必要な検査(身体検査、血液検査、尿検査、画像検査など)をして考えられる疾患を排除した上で慎重に診断されます。

治療

早期の段階で治療を始め、病気の進行を遅らせることが大切です。なによりも犬の生活の質を向上させることに重点をおき、行動面、環境面、栄養面からのアプローチとともに場合によっては薬剤療法を組み合わせます。

エンリッチメント (精神的な刺激、適度の運動、環境の改善)

犬とおもちゃ

認知症でなくても、犬がシニア期に入ったら以下のことに気をつけてあげましょう。認知症の予防にもなります。

  • 犬の脳へ適度な刺激を与えて、精神的健康をサポートします。具体的には、においを使った遊び、散歩のコースを変えてみる、新しいコマンドを教えるなどです。遊ぶことにあまり興味がなくても、食欲がある犬なら、フードやおやつを隠して探させたり、詰めたフードやおやつが少しずつ出てくるボールやノーズワークマットなど試してみましょう。
  • 散歩や追いかけっこなど適度な運動をしてでエネルギーを発散することは、体だけでなく精神的にも満たされます。また、日中は日光を取り入れてなるべくアクティブに過ごさせ、夜間は電気を消して快適な場所で静かに休息させてあげることで、健康な睡眠・覚醒サイクルを維持することができます。
  • 飼い主とのコミュニケーションを増やすためにも名前を呼んであげ、犬の好みに応じて、ブラッシングやマッサージするなどこれまで以上にスキンシップの時間をとりましょう。そして、どんな時も家族全員が穏やかな気持ちで犬にやさしく接して犬に安心感を与えてあげることが大切です。
  • ある程度規則正しい生活をおくる方が犬は安心します。犬が混乱することがあるので、食事の時間、散歩の時間などはあまり大幅に変えず、部屋の大がかりな模様替えなども出来れば避けましょう。
  • 不要なストレスがかからないようにシニア犬に優しい生活環境を整えてあげることが大切です。具体的には、危険から犬を守るためにも、事前に危険なものを取りのぞく、家具や物の配置に気をつける、床を滑りにくい素材にするなどです。犬が徘徊して心配な場合は、運動できるような大きさの円形のサークルを用意してあげると安全です。
  • 粗相に関しては、犬の排泄のサインを注意深く読み取って(寝起き、食後、散歩時など)排泄時間を簡単にメモしておくと役立ちます。排泄のために頻繁に外に連れていったり、室内のトイレ(ペットシーツを敷いたトイレトレー)に慣らして、トイレを排泄しそうな場所に多く置いたり、場合によってはオムツを利用するという方法もあります。

食餌療法や栄養補助食品 (サプリメント)

以下の成分を配合したフードやサプリメントが、老化した犬の脳をサポートし、認知症の進行を遅らせるのに効果があると考えられています。

栄養素効果のあるカテゴリー(DISHAAL)
フード抗酸化物質*を含んだフード

*ビタミンA.C.E、セレニウム、亜鉛、L-カルニチン、α-リポ酸

D H
中鎖脂肪酸(MCT)*を含んだフード

*中鎖脂肪酸は、ココナッツ油やパーム油に含まれる天然成分

D H
サプリメントホスファチジルセリンD I H
S-アデノシル-L-メチオニン(SAMe)
アポエクオリンD H
オメガ3脂肪酸 DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)D H
α-カソゼピン I

抗酸化物質、オメガ3脂肪酸、ビタミンB、およびアルギニン(肉類に多く含まれるアミノ酸)が配合された“脳保護ブレンド=Brain Protection Blend“フードにさらに中鎖脂肪酸を加えて認知症の犬に与えると病状の改善に効果があったとの研究結果もあります。

認知症にかかわらず、犬がシニア期に入ったら、犬の年齢や嗜好性、健康ニーズに合わせて、抗酸化物質やオメガ3脂肪酸を配合したシニア犬用のドッグフード選ぶことをおすすめします。たとえば、ピュリナからのプロプラン・オプティエイジには、抗酸化物質、オメガ3脂肪酸、中鎖脂肪酸などが配合されています。

認知機能低下症がみられる犬のために抗酸化物質、オメガ3脂肪酸や中鎖脂肪酸などを配合した脳のはたらきをサポートするための療法食は現在2つあります。

  • ピュリナからプロプラン・ニューロケア
  • ヒルズからプリスクリプション・ダイエットb/d (*日本では現在販売されていないようです)

また、一連の抗酸化物質(ビタミE、ビタミンC、セレニウム、Lカルニチン、αリポ酸)とホスファチジルセリン、オメガ3脂肪酸、コエンザイムQ10を含むサプリメントにAktivatit®というサプリメントがあります。

療法食やサプリメントは必ずかかりつけの獣医さんに相談してから与えましょう。

薬物療法

残念ながら病気を治す治療薬はありませんが、症状を緩和するために様々な薬が使用されることもあります。神経伝達物質のひとつであるドーパミンの量を増やす薬セレギリン(Selegilin)、脳の血流増加を促す薬プロペントフィリン(Propentofyllin)、神経伝達物質のひとつであるアセチルコリンの量を増やす薬ドネペジル(Donepezil)などです。

セレギリンは本来、人のパーキンソン病治療の薬ですが、犬・猫の認知機能障害の症状を改善する効果があることがわかり、欧米では犬の認知機能障害の治療薬として認可されています。ドネペジルは、アセチルコリンを分解する酵素の働きを抑えて脳内のアセチルコリンの濃度を高める薬で、人のアルツハイマー型認知症に使用されています。そのほか症状に応じて抗不安剤や抗うつ薬が使用されることもあります。

さいごに

認知症だけでなく、犬も人と同じで年をとればさまざまな病気になることも多くなります。今まで以上に飼い主のきめ細かな観察とケア、健康チェックが重要になってきます。ささいな行動の変化に早く気づいてあげることが大切ですね。

参考資料

Cognitive Dysfunction Syndrome A Disease of Canine and Feline Brain Aging, Vet Clin North Am Small Anim Pract (2012)

Recent developments in Canine Cognitive Dysfunction Syndrome, Pet Behaviour Science (2016)