猫の過度なグルーミング(オーバーグルーミング)による脱毛の原因と対策について獣医師が解説

猫グルーミング
グルーミング(毛づくろい)は猫の正常な行動であり、皮膚をざらざらした舌でなめたりかんだりする様子は日常的にみられます。猫によって個体差もありますが、猫は起きている時間の30%近くをグルーミング行動に費やすともいわれています。このため猫の過度なグルーミング行動(オーバーグルーミング)を判断するのは難しく、飼い主さんは、グルーミングがエスカレートして皮膚炎症や脱毛が起きてはじめて気がつくことが多いです。

オーバーグルーミングのさまざまな原因や心因性のオーバーグルーミングの対策についてまとめてみました。気になる方は、参考にしてみてください。

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猫のグルーミング行動の主な役割

猫のグルーミング行動の主な役割は・・・

  • まず皮膚を清潔に保つ役割があります。ざらざらの舌で毛をきれいにとかし、古い毛をすき取り、皮膚の汚れや余分な皮脂を取り寄生虫を排除したり病気の感染を予防します。
  • 夏はなめた唾液が蒸散するときの冷却効果で体温を下げ、逆に寒い冬は、手入れされた毛の間に空気を含むことで保温効果もあるなど体温調節の役割があります。
  • また、なめることで皮膚の皮脂腺を刺激し、皮脂の分泌を調節する役割もあります。分泌された脂分は水をはじいて皮膚を保護します。この皮脂分は個々の猫のアイデンティティーともいえる自分のにおいで、猫同士の認識に大きな役割を果たしています。
  • 皮膚をなめることで、皮膚の血行をよくしたり緊張をほぐし気持ちを落ち着けるという役割もあります。

正常なグルーミングと病的なグルーミングの判断

飼い主さんは猫がグルーミングしている姿を目にすることはあっても、多分意識して観察することはないと思います。もちろん正常なグルーミングと病的なグルーミングをはっきり区別することはできませんが、多くの場合、以下のような違いがあげられます。

正常なグルーミング行動

病的なグルーミング行動

・生理的なボディケアで個々の猫によってパターンが決まっており、多くは前から後ろにグルーミング・決まったパターンはない
・からだ全体をなめる・同じ部位を執拗に(異常な強さと頻度で)なめたり噛んだりして、脱毛したり皮膚が傷つくことも
・リラックスした状態で・やや緊張した状態で
・落ち着ける静かな場所で・普段見られないような場所でも

なぜ猫が(過度に)グルーミングするのか、その心理状態を考えてみると・・・大まかに以下のように考えられます。

グルーミング

 

オーバーグルーミングの原因を突きとめる

オーバーグルーミングでまず考えなければならないのは、かゆがっているかどうかです。かゆみの原因を突き止めることが第一ですが、皮膚の炎症や脱毛症(毛が抜ける量が多い、毛が目に見えて薄くなる、ハゲが目立つなど)がある場合は、それが実際にグルーミングのし過ぎによるものなのかどうかを明らかにする必要があります。

原因を突き止めるには、飼い主さんからの情報、とくに以下の点がとても重要です。

  • 猫のライフスタイル(完全室内飼いか屋外に出る機会があるかどうか)
  • 他にペットを飼っているか、あるいは他の動物とコンタクトがあるかどうか
  • 実施された寄生虫駆除の詳細
  • 過去または現在の皮膚トラブルの詳細
  • 脱毛がある場合どこの毛がどんな風に(一部分だけ、それとも左右対称)ぬけているのか
  • 猫が過度に(強さと頻度)グルーミングしているか(飼い主さんが見ていないところで猫が過度にグルーミングしていることもよくありますが…)
  • 食事の変更があったかどうか
  • 猫の全身状態の詳細(体重の変化、食欲、多飲多尿の有無など)
  • 明らかにストレスの原因となりうるもの、多頭飼いの場合は猫同士の緊張した関係や環境の変化(例えば、引っ越しや家族構成の変化など)があったかどうか

オーバーグルーミングによる脱毛症

猫脱毛症

猫は皮膚がかゆかったり、なんらかの違和感(痛み)があれば、必然的に皮膚をなめたり”ガジガジ”かんだりします。オーバーグルーミングによる脱毛はそれ自体が病気ではなく、以下にあげるようななんらかの病気の徴候か随伴症状です。

なお、オーバーグルーミングで毛が抜けるのか、それとも自然の脱毛症なのかわからない場合(飼い主が見ていないときに、執拗になめていることもあります。)は、しばらくの間エリザベスカラーをつけることで判断することができます。脱毛部分の毛が生えそろってくるならオーバーグルーミングによる脱毛症です。

オーバーグルーミングによる脱毛 (通常、毛が途中から切れ毛根が残っていて、かゆみや痛みがある)

かゆがる場合

  • 外部寄生虫(ノミ、シラミ、ダニ)による皮膚疾患
  • 細菌感染症
  • ノミアレルギー(ノミの唾液に反応)
  • 食物アレルギー
  • 環境アレルギー(アトピー性皮膚炎やアレルギー性皮膚炎)ハウスダストやイエダニ、花粉、猫砂などによるアレルギー反応
  • 薬に対する反応
  • 甲状腺機能亢進症
  • 知覚過敏症の症状

痛みや違和感 他の臓器や関節に由来する痛みや不快感、神経痛に反応してオーバーグルーミングすることもあります。猫が尾腹部付近を舐める場合は、便秘や尿路の疾患の可能性も考慮します。

自然の脱毛症(通常、毛根を含む毛全体がなくなり、痛みやかゆみはない)

  • 内分泌系の病気(副腎皮質機能亢進症、糖尿病、甲状腺機能低下症など)
  • 腫瘍随伴性脱毛症(腫瘍性疾患による脱毛症)
  • 毛包虫症(ニキビダニ)*ただし細菌の二次感染が起これば痛みやかゆみあり
  • 皮膚糸状菌症という真菌(カビ)*ただし細菌の二次感染が起これば痛みやかゆみあり
  • 円形脱毛症

原因を突き止めるために、一連の基本的な検査(外部寄生虫の検査、血液検査、皮膚検査、皮膚生検、アレルギー検査、ホルモン検査など)を行い、原因が見つからなければ心因性のオーバーグルーミングを疑います。心因性のオーバーグルーミングと診断するには、オーバーグルーミングの原因となる身体疾患を全て排除することが大切です。

心因性のオーバーグルーミング(心因性脱毛症)の原因と対策

隠れる猫

心因性のオーバーグルーミングの原因

心因性のオーバーグルーミングの原因は、退屈、欲求不満、緊張、不安などなんらかの精神的ストレスです。とくに仲よしの猫がいなくなったり、飼い主さんが猫をかまう時間が少なくなったり、環境が変わったり(引っ越し、家族構成の変化、新しいペット)したときなどです。グルーミングには緊張をほぐし気持ちを落ち着ける役割があるので、一時的なオーバーグルーミングなら心配はないのですが、ストレスが慢性的に続くと、グルーミングがエスカレートし、明らかな目的がない(本来のストレス刺激とは関係ない)のに繰り返される常同行動に発展することもあります(常同行動は、人間でいうと、例えば手洗いなどの行動を何度も繰り返さずにはいられない、強迫性障害に相当すると考えられています。)。重度になれば、皮膚炎症や脱毛症などの自傷行為に発展する可能性もあるので早めの対処が必要です。脱毛は、おなか、わき腹、四肢、しっぽなどさまざまな部位に見られ、左右対称の脱毛が生じること、一部分だけを強くなめて皮膚に炎症を起こすこともあります。

また、遺伝要因としてシャムネコ、バーミーズ、ヒマラヤン、アビシニアンに多いという報告もあります。

心因性のオーバーグルーミングの対策

不安やストレスとなっている原因を見極め取り除く

大きな環境の変化、家族構成の変化、同居猫との緊張した関係など、ストレスとなる要因に心あたりがないか考えます。このとき、グルーミングする回数や時間、その日にあった出来事(来客あり、同居猫とけんかなど)、どんなときに起こるのかなどを簡単にメモしておくと役立ちます。飼い主の気を引くための行動である場合もあります。猫にとってのストレス要因を見極め、取り除くことが問題解決の鍵です。

環境の改善と猫とのふれあい

猫のニーズに合わせてより快適な生活環境をつくります。縦の空間を利用した十分な運動スペース、猫が安心してリラックスできる場所を提供し、猫の興味を引くような多彩な環境づくりに努めます。猫の気質に応じて、活発な猫には、ストレスが発散できるように、十分に運動できる環境を提供し、臆病な猫には、まず安心できる場所を提供してあげることを重視します。

視覚・聴覚・嗅覚を満たしてあげる工夫をします。窓越しに外が見られる場所をつくったり、安全なバルコニー(転落防止ネット設置)を開放してあげたりすることで、猫のニーズを満たしてあげることができます。また、猫によっては、好みの音楽・動画でリラックスしたり、好みのにおい(キャットミントなどのハーブ)を楽しんだりすることもあります。

猫に不安感を与えないよう、食事、遊び、運動を毎日同じ時間に行うなど、猫にとってできるだけ規則正しいメリハリのある生活をさせるように心がけます。できるだけ、猫と遊んだりアクティブに食餌を与える時間をつくりましょう。以下のページを参考にしてみてください。また、猫が体をなめようとしたら、丸めた紙を投げたりして気をそらし、すぐにお気に入りのおもちゃで10分ぐらい遊んであげましょう。

フェリウェイや健康補助食品(サプリメント)

猫のほおの周囲の皮脂腺から分泌される「フェイシャルフェロモン」を人工的につくった「フェリウェイ」は、猫の不安や緊張をやわらげ、ストレスの軽減やリラックス効果が期待できます。フェリウェイは、スプレー式のリキッドとコンセントに差し込む拡散器があります。

ジルケーン(Zylkene)」や「アンキシタン S( Anxitane S)」など、ペット用の不安をやわらげたりリラックス効果のあるサプリメントや療法食もあります。効果は個体によってさまざまですが、かかりつけの獣医師に相談するといいでしょう。

薬物療法

脳内の神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン、GABAなど)を調節することで、神経の興奮を抑えたり不安を和らげたりする働きのある抗不安剤や抗うつ剤は、軽度の心因性のオーバーグルーミングに対し、あまり効果が見られていません。心因性のオーバーグルーミングと診断されても、実は、なんらかの皮膚疾患や身体疾患が関与している場合が多いからです。例えば、心因性脱毛症と診断された猫21頭のうち16頭が、実は身体疾患が関与していたという研究結果もあります。しかし、自傷行為のある重度の心因性のオーバーグルーミングに対しては、抗不安剤や抗うつ剤で情緒を調節・安定させる治療を、ほかの対策とともに補助的に併用することで効果が見られます。

さいごに

猫のグルーミングは“健康のバロメーター”ともいえます。グルーミングを過度にするようになっても、急にしなくなっても病気の兆候であったり精神的なストレスを抱えていたりするからです。猫はよくグルーミングをするため、病気のサインであっても見逃してしまいがちですが、日頃から小さな変化に気をつけてあげたいですね。