健康に弊害があるという理由で、ドイツでもその交配が問題視されている犬種や猫種があります。代表的なのは、人気の高い短頭種の犬(パグやフレンチブルドッグ)や短頭種の猫(鼻ぺちゃのペルシャ猫やエキゾチックショートへア)、耳の折れたスコティッシュフォールド、無毛の猫スフィンクスなどです。ブリーダーたちが、健康上の障害よりも人間の好みに合わせた見た目を追求した交配を重ねてきた結果とも言えます。
法律上は?
ドイツの『動物保護法』で、“繁殖の結果、その子孫が体の一部または器官が欠落していたり変形していたりし、痛み、苦しみまたは障害が生じると予想される繁殖は禁止する“と定められています。
しかし、このパラグラフには詳細が記されていないため、その後ドイツ連邦農業省の専門家たちが詳しいガイダンスを発表しました。
Gutachten zur Auslegung von § 11b des Tierschutzgesetzes. (Verbot von Qualzüchtungen).
この中に、犬、猫、ウサギおよび鳥類について、繁殖を禁止すべき特徴、その理由や判断基準などが記載されており、犬、猫では、以下のようなものがあります。ただし、このガイダンスには法的拘束力はありません。
犬 🐕
- 健康上の弊害がでやすい、体重と筋骨格系の不均衡な極小化あるいは巨大化された犬。
- カラーダイリューション脱毛症やブルードッグシンドロームともよばれる、遺伝性の進行性脱毛症の犬。フォーンやブルーといった希釈色と呼ばれる淡い毛色を持つ犬に発症しやすい。
- 遺伝子の作用により骨が十分に成長せず(骨軟骨異形成)、4肢が極端に短い犬。
- 背骨に沿った皮膚にコブのようなものが出来てもり上がり炎症を起こす、先天性の皮膚疾患の犬。背中の逆毛が特徴のローデシアン・リッジバック犬種に発症。
- 重度の造血障害で、周期的に血液中の好中球が減って免疫が低下するグレーコリー症候群とよばれる遺伝疾患の犬。毛色がグレー系のコリー(コリーやボーダーコリー)に発症しやすい。
- 欠陥遺伝子が原因の無毛の犬。
- “マール”と呼ばれる遺伝子が関与し、マールという毛色(不規則な白い斑点がみられる)を持つ犬に感覚器官(視覚や聴覚)の異常を引き起こすマール症候群の犬。
- 先天的に、瞼(まぶた)が内側あるいは外側にめくれており、慢性炎症を引き起こす可能性のある犬。
- 短頭種の犬。
猫 🐈
- マンクスやキムリックなど遺伝性のしっぽのない猫種。
- 難聴や聴覚障害、さらには眼底の損傷につながる可能性があるW遺伝子を持つ純粋な白猫。
- 短頭種の猫。
- 耳の折れた猫種。
- 無毛の猫種。
- 主に前肢に過剰な指(多指症)を持つ猫。(この突然変異はとくに全ての猫種でみられますが、とくにメインクーンに頻繁に見られます。)
この中から、現在とても人気のある犬種や猫種について少し詳しくみてみましょう。
交配を禁止すべき理由は?
以下に挙げる犬種や猫種ですが、その存在自体や飼うことが否定されているわけではなく、”外見的な特徴よりも健康を重視した健全な繁殖を目指す”ことが課題です。
短頭種の犬(パグやフレンチブルドッグなど)
短頭犬種の代表ともいえるパグは、その独特の愛嬌のある顔(飛び出した目玉と低い鼻)に魅惑され世界中でファンも多い犬種です。
しかし、短く平たい鼻(マズル)、丸い頭、鼻孔が狭い・鼻道が短い、喉の奥にあるひだが長い(軟口蓋過長)などの生まれつきの特徴的な構造から、気道がひどく狭い状態になり呼吸に難をきたす短頭種気道症候群(BAOS)と呼ばれる呼吸器系の病気を発症することがあります。
とくに高温の環境下において、体調に支障をきたす恐れがあるとみなされ、短頭犬種を輸送禁止する航空会社があることはこちらでお話ししました。
現在、短頭種に関しては、極端な丸み、特に顔の骨が不均衡に短縮している犬の交配は禁止するように推奨されています。
動物保護のための獣医師会では、現在もこの問題解決に取り組んでおり、短頭犬種の健康チェックリストが作成されています。以下のいずれかの症状が頻繁に(毎日~毎週)みられるようなら、すぐに獣医師に相談し、症状がめったに見られない場合でも、気温の高い季節や年齢とともに症状が顕著に現れることもあるので注意するように呼びかけています。
チェックリスト
- いびきやあえぐような音を立てる
- 咳をする
- むせる
- 落ち着きのない睡眠、睡眠障害(突然の目覚め、睡眠が何度も中断)がある
- 急速な疲労(座り込む、休憩したがる)がみられる
- 強く持続的な息切れ(常温でも)がある
- 失神
ちなみに、Cambridge 大学のBOAS リサーチグループは、短頭種犬が大きないびきを常にかき、イラストのような寝姿勢を好むなら、短頭種気道症候群(BAOS)の疑いがあるとしています。
- 頭を上げて首を伸ばす寝姿勢を好む。
- 眠っている時に体勢を変えたり“喉をきれいにする”ために、頻繁に目を覚まし、常に疲れている。
- 座ったり立ったりした体勢のまま眠る。
- 口を開いたままにするために、眠っている間おもちゃを口に入れる。
ドイツのお隣の国オランダでは、パグを含む全ての短頭犬の繁殖に関して規定が設けられ、2019年にマズルの長さが頭の長さの3分の1に満たない短頭犬種の繁殖は禁止になりました。これで、一般によく見かけるパグの繁殖は禁止ということになります。ドイツもオランダに続き、短頭犬種の繁殖に規定が設けられるのではと期待されています。
追記:すでにパグの繁殖が禁止になっているオランダですが、パグの飼育を禁止することが現在(2023年1月現在)検討されています。繁殖を禁止しても海外から犬を輸入する人がいるからです。パグだけでなく、耳の折れているスコティッシュフォールドの飼育禁止も検討されています。
短頭種の猫(ペルシャやエキゾチックショートへアなど)
鼻ぺちゃで丸い頭、全身豊かな被毛におおわれて優雅な雰囲気のペルシャ猫は、古くから人気のある猫種です。
短頭の度合いは、上顎犬歯と下顎の回転度合いを基に、軽度から重度まで4段階に分類されています。短頭の度合いが重度になるほど、上顎犬歯が垂直から水平になり、下顎が前方に出るようになります。そして、頭蓋骨が短くなり、鼻骨がなくなり上顎の骨も減少します。鼻の上端がまぶたの下端より上に位置する猫は、重度とみなされます。
短頭の度合いが重度になるほど、以下のような健康上の問題が生じやすくなります。
- 涙腺が分泌される涙が鼻涙管へスムーズに排出されずに溜まって涙目になり、涙やけで目頭が変色。
- 瞼(まぶた)が内側にめくれて、被毛が角膜を刺激することで慢性炎症を引き起こす。
- 短頭犬種と同じく、短頭種気道症候群(BAOS)と呼ばれる呼吸器系の病気を発症する。
- 出産困難(難産)。
鼻の上端がまぶたの下端より上にある極端に短い鼻を持つ猫の繁殖禁止が推奨されています。
耳の折れた猫(スコティッシュフォールドなど)
耳の折れているスコティッシュフォールドは、その丸い顔と愛くるしい表情で人気のある猫種です。
これらの品種では、軟骨の異常(骨軟骨異形成)によって耳介や耳が曲がっています。耳折れ同士の交配では骨軟骨異形成を発症する確率が高くなります。耳だけではなく、全身の骨や軟骨の成長異常が予想され、進行性の病気であるので慢性的な痛みを伴います。とくに、四肢やしっぽの関節が硬くなり痛みが生じ、正常な運動性や歩行能力が制限される可能性があります。また、他の猫とのコミュニケーションで、耳を適切な方法で使用できなくなります。
骨や軟骨の異常に関わっている原因遺伝子を持つ猫(耳の折れた猫)の繁殖禁止が推奨されています。
無毛の猫(スフィンクスなど)
無毛の猫を代表するスフィンクスは、しわのある皮膚、三角型の頭、大きな耳と目を持つその個性的な外見でファンも多い猫種です。
個体差がありますが、全身ほぼ毛がなく機能的な触毛もありません。猫のひげは、物体との距離感や方向を察知するセンサーの役割を担う大切な感覚器官で、暗闇の中でのオリエンテーションにとっても重要です。また、全身の被毛がないことで、寒さや暑さに弱いという特徴があります。
ひげのない猫の繁殖禁止が推奨されています。
犬の保護条例の改正案
ドイツには『犬の保護条例(Tierschutz-Hundeverordnung)』があり、犬を飼うにあたりさまざまな規定がありますが、先月8月、ドイツ連邦農業省大臣がこの条例の改正案を公表しました。
犬のブリーダーに対しては、
- ブリーダーは、同時期に生まれた子犬を含む繁殖犬(母犬)3頭まで世話することが許される。
- 子犬が生後5週目を過ぎたら、少なくとも一日に一度は屋外に連れ出す。
- 子犬が生後20週目に入るまで、1日最低4時間は人とふれ合う時間(世話する時間も含め)をもつ。
- 過剰繁殖傾向の犬種や健康上の弊害が予想される“虐待繁殖”にあたる犬種はドッグショーに参加できない。
犬の飼い主に対しては、
- 犬に十分な運動を保証するために、犬の飼い主は少なくとも1日2回、合計1時間以上、犬を散歩させる義務がある。
- 一日に数回、飼い主(あるいは世話をできる人)が犬とコンタクトを取り、犬を一日中留守番させない。
- 犬をつないだまま飼うのは禁止。
・・・などです。
これに対して、
「そんな当たり前のことを今更!」
「散歩に行っているかどうか誰がどうやってチェックするの?」
「子犬や病気の老犬も散歩義務?」
「近所の人に監視、通報されそう・・・」
などといった声もあがっています。
そして、「短頭犬種の繁殖禁止」を求める声もあがっています。この条例の改正案は、さらに検討され、来年正式に公布される予定です。
さいごに
繁殖問題を解決するためには、法的に拘束力のある明確な基準を設け、痛み、苦しみまたは障害が生じると予想される繁殖を禁止すべきであることは言うまでもありません。それと同時に、犬や猫を求める人が、外見だけではなく、繁殖によって生じる犬や猫の抱える健康問題について十分に知る必要があります。動物病院での治療が必要になってから「そんなこと知らなかった・・・」と後悔する前に、しっかりと情報を得て知ることで、あえてこれらの犬種や猫種をペットに選ばないという選択をすることもできます。