アメリカ猫診療医協会(American Association of Feline Practitioners)から、猫間の緊張を認識し、その発生を予防または最小限に抑え、ストレス要因を管理するためのガイドラインが作成されました。内容の一部をまとめてみました。猫の飼い主さんならご存知のことも多いと思いますが参考にしてみて下さい。
猫間の緊張とは?
現在(2024年の統計)、日本ではおよそ915万頭、ドイツでは1,590万頭の猫が飼育されています。ドイツでは猫を飼っている世帯の38パーセントで2頭以上の猫が飼われており、ドイツでも日本でも年々猫の多頭飼いをする人が増えてきています。
猫間の緊張とは、他の猫に対する寛容さが乏しく、家庭内の少なくとも1匹の猫が他の猫に対して友好的な交流ができていないことを意味します。飼い猫の猫間の緊張や衝突はよくあることですが、微妙な行動の変化(睨む、立ちふさがるなど)として現れることが多いため飼い主に気づかれないこともあれば、肉体的な衝突(例えば、シャ―と威嚇、うなり声や叫び、叩くなど)を繰り返すようなあからさまなものであることもあります。
猫間の緊張は多頭飼育、つまり2頭以上の猫を飼育している家庭の62.2%から87.7%に影響を及ぼしており、行動診療における猫の問題行動の25~31%は猫同士の緊張や葛藤によるものであると報告されています。猫の関係は複雑な相互作用があり、一度壊れてしまうと修復が難しい場合があるので、飼い主さんは猫の行動を理解し、猫間の緊張のサインを早期に発見することが重要です
猫の行動にまつわる10のよくある俗説
まず、猫の行動において、確かな根拠もないのに誤解されて一般的に信じられていることが多くあります。以下、猫の行動にまつわる10のよくある俗説(誤解)です。
俗説1:猫は単独行動を好む孤独な動物である
飼い猫は柔軟で多様な社会システムを持っていて。 猫同士の社会的結びつきは必ずしも必須ではなく、猫は他の猫と親密な愛着を結ぶことはあっても、生きていくためにその関係に依存しているわけではありません。つまり、猫は「社会的義務」ではなく「社会的柔軟性」を持っており、猫の社会的行動は、その環境や個体の遺伝、さらに、それまでの経験や学習にも影響されます。したがって、猫の社会行動は非常に個体差が大きく。社会的交流を求める猫もいれば、単独で暮らすことを好む猫もいます。
- 猫は必ずしも孤独を好むわけではなく「安心できるつながり」が必要。
- 仲の良い猫同士は、一緒に寝る、 グルーミングし合う(毛づくろい)、 やさしく頭をこすりつけ合うなどの行動をとり、信頼できる人間との交流や一緒に過ごす時間を楽しむ猫も多い。
- 無理にかまったり抱っこしたりせず、「距離感」を大切にしながら、時間をかけて信頼関係を築くことが大事。
俗説 2:猫社会は「上下関係(序列・支配)」でできている
猫社会での上下関係(ヒエラルキー)は厳密なものではなく柔軟な関係性です。「優位」というレッテルを貼られた猫は「劣位」というレッテルを貼られた猫よりも単に活動的であったり、外向的であったり、好奇心が強かったりすることが多く、猫が支配的なヒエラルキーを確立しようとして猫間の緊張が起こるという証拠はありません。 一般的には、資源(フード、トイレ、爪とぎ、ベッドやお気に入りの場所など)をめぐる争いや、グループ内の社会的関係を脅かすような刺激(例えば、新入り猫、近所の外猫や野良猫による縄張り侵犯、痛みや病気)が家庭内での猫間の緊張の原因です。
- 猫の社会は、犬のような厳密な上下関係(ヒエラルキー)ではなく「柔軟な関係性」からできている。
- 猫は争いを避けるために、必要なら空間や時間を分け合うことで共存する。
- それぞれの猫に逃げ場や自分だけのスペースを用意してあげることが大事。
俗説3:猫をしつけることは無理
個体差はありますが、どの猫も自分のペースで学習することができ、 しつけのためにはポジティブな強化(報酬)を用いることが効果的です。例えばおやつはトレーニングの報酬としてよく使われますが、猫によっては、遊び、撫でる、褒めるといった他の報酬も望ましい行動を強化することができます。
- 猫は好奇心旺盛で、ごほうび(おやつやおもちゃ)を使ってのトレーニングが効果的。
- トレーニングは短時間で繰り返し行い、猫が興味を失う前に終了するとよい。
俗説 4:猫は家畜化されていない
猫は人間が家畜化(飼いならした)したのではなく、自ら人間と共に生活することで家畜化が進み、人との生活に自然に適応したといわれています。 野生の猫の祖先と比べたとき、遺伝子レベルの変化だけでなく、身体的な変化(例えば、体のサイズが小さくなった、毛色が変わったなど)や行動的な変化(例えば、人間に対する従順さや交流)がみられます。
- 現在の家猫は、人間の環境に適応しながら自然に家畜化した。
- 適応力の高い猫と信頼関係を築くには、猫の自由さを尊重することが大切。
俗説 5:猫は他の猫や人と絆を深めることがない
猫の飼い主さんなら実感していると思いますが、猫は人間や他の猫に対して社交的であり、他の猫や人間と親密な絆を築くことができます。個体差はありますが、人と強い絆を作る猫もたくさんいます。
- 猫も他の猫や人と信頼関係をつくることができ、信頼を寄せる相手とのふれ合いの時間はとても大切。
- ただし、初めて猫同士を対面させるときはゆっくり時間をかける必要がある。
俗説6:グループ内の猫は、全員平等に扱わなければならない
すべての猫が同じニーズを持っているわけではなく、家庭の中には、他の猫よりも多くのケアや注意を必要とする猫がいることも事実です。例えば、健康上の問題をかかえ、飼い主の時間と注意をより多く必要とする猫もいます。遊ぶことを好む猫、撫でられることを好む猫もいるでしょう。飼主は、それぞれの猫の個々のニーズと好みに合わせた対応が必要です。
- 猫のグループでは、それぞれの性格やニーズに合わせた個別のケアや対応が必要。
- 各猫の個性を尊重して、必要な環境やスペースを提供。
俗説 7: けんかしている猫たちは、関係が壊れている
「激しいニャンプロ」は深刻なけんかに見えることがありますが、遊びであることに変わりはありません。 猫はなるべく争いを避け、無駄なエネルギーを使ったりケガをしたくないという本能があります。猫を多頭飼いしている飼い主さんは、グループ内での猫の関係性を見極めることが大切です。
ただ、猫同士の緊張が、頻繁に激しく、あるいは長期間に渡って起こったり、一方の猫が隠れ続けている場合などは、身体的な疾患が潜んでいる可能性もあるので獣医に相談する必要があります。
- 猫は時々けんかや争いをすることがあるが、それが必ずしも関係の悪さを意味するわけではない。
- けんかか遊びか、グループ内での猫の関係性をを見極める。
- 緊張の兆候を早期に発見することが重要。
俗説 8:猫は社会化期を過ぎると社会化できない
子猫の社会化期は生後2~9週齢で、この最も敏感な時期に五感をフルに活用して、さまざまな刺激を吸収し、人間や他の動物と触れ合い、さまざまな状況に適応する能力を身につけます。しかし、この時期が終わっても社会化の学習が止まるわけではありません。社会化期を過ぎてもトレーニングや社会化を時間をかけて続けることで、猫の恐怖心を和らげたり猫の福祉を向上させることが可能です。
ただ、外での暮らしが長い猫などは、ゆっくりとトレーニングや社会化のセッションを行っても、社会化が困難な猫もいます。猫が恐怖不安を示し続ける場合は、無理強いせず優しく接し穏やかな環境を与えてあげることが大切です。
- 猫は社会化期を過ぎても環境に適応する能力を持っており、成猫になっても新しいことを学んだり、人や環境に慣れることが可能。
- 社会化を促進するためには、猫が自分のペースで学べるように時間をかけ、優しく穏やかに接することが大切。
俗説9:猫は悪意を持っていたり、何か企んでいたりする
猫の脳は、長い時間スケールで先のことを考えるのではなく、その瞬間に考えるように適応しています。猫は悪意をもって意図的に嫌なことをするわけではなく、ストレスや恐怖・不安、好奇心から行動することが多く、その結果生じる行動は、その状況を引き起こした人物ではなく、目の前の状況によって引き起こされた感情の表現です。例えば、飼い主は猫が腹いせにベッドの上で排尿していると感じることがあるかもしれないですが、実際は何らかの身体疾患、トイレへの出入りが他の猫によって妨げられている、トイレに不満があるなどの原因があることが考えられます。
- 猫は悪意で行動しているわけではなく、ストレスや不安、好奇心から行動することが多い。
- 猫がわざと悪いことをするわけではなく、環境や状況に反応している。
- 問題行動は、環境の変化や不安が原因であることが多い。
俗説10:猫は寂しがり屋で仲間が必要
他の猫や人と一緒に過ごすことを好む猫もいれば、そうでない猫もいます。猫によっては、必ずしも仲間が必要というわけではありません。つまり、複数の猫がいることが猫の福祉を高める場合もあれば、そうでない場合もあります。新しい猫を迎えるときは猫同士の相性を考慮して慎重に検討すべきです。とくに深い絆で結ばれていた仲間の猫の喪失を悲しんでいる猫に、亡くなった猫の代わりに新しい猫を迎えることがベストであるとは限りません。
- 他の猫や人と一緒に過ごすことを好む猫も多いが、必ずしも仲間が必要というわけではない。
- 猫は自分のペースで過ごすことを好む。
- 新入り猫を迎えるときは、十分な準備が必要。
多頭飼育環境をサポートする5つの柱
猫を多頭飼いしている家庭における猫間の緊張を未然に防ぐためには、猫たちがより安心してリラックスして暮らすことができるように、以下の「多頭飼育環境をサポートする5つの柱(重要な要素)」を意識して環境を整えることが重要です。
柱 1: 安全な場所を提供する
- すべての猫に、他から干渉されず静かに過ごせる安心できる場所が必要。
- 猫が自分で選んで自由に登れるさまざまな高さの垂直スペース(家具、キャットタワーなど)を用意。
- 2つの異なる経路から出入りできる隠れ場所は、他の猫にブロックされるのを防ぐ。
- 攻撃的な行動が見られる場合は、他の猫の視界を遮る安全な場所を増やしたり物理的にスペースを区切る。
柱2: 複数の環境資源を提供する
- 猫同士が資源を巡って対立するリスクを減らすために、すべての重要な猫の生活に欠かせない資源(フードボウル、水飲みボウル、トイレ、爪とぎ、ベッドや隠れ場所など)を、複数(最低でも猫の数だけ、理想は+1)用意。
- 猫間に緊張がある場合は、より多くの資源を用意し、それぞれ離れた場所に置いてあげる。
- 可能なら、安全を確保しつつ、バルコニー(転落防止ネットを張って)など屋外スペースを提供してあげる。
柱3: 遊びや捕食行動の機会を提供する
- 猫は本来、単独で狩りをし少量の餌を何度も食べるので、パズルフィーダー(頭を使ったり遊びながら食べることができる仕掛けのある給餌器)は、猫の自然な食行動を可能にする。
- 猫の狩猟本能を満たしてあげるために、猫の年齢や興味に応じて、飼い主が積極的に猫と遊ぶ時間を作る。遊びはストレス発散になるだけでなく、運動不足や肥満予防にもつながる。
- ただし、レーザーポインターは、猫が遊びの終わりに何かを「キャッチ」できないと欲求不満になる可能性がある。
- マタタビやキャットニップは一部の猫を興奮させ、猫間の緊張を引き起こすこともあるので、注意しながら使用。
こちらも参考に!
柱4: ポジティブで一貫性があり予測可能な人間との交流を提供する
- 猫は短くて頻繁な人間との交流を好む傾向があり、猫の性格や好みを考慮し、猫のペースに合わせて毎回同じような穏やかな態度で接する。
- 猫がイライラしてきた様子を見せたら(たとえば、手をじっと見つめたり、体を横にねじったり、しっぽを大きく動かしたり…)撫でるのはやめるなど、日頃から猫のボディランゲージを観察する。
- 猫の選択肢を尊重して無理な接触を強要しない。
- 猫を罰する行為(物を投げつけたり、水鉄砲で水をかけたり、叩いたり)は、猫の恐怖不安を増大させ、飼い主との信頼関係が崩れる危険があるので、 長期的に望ましい猫の行動を学習させるためには、学習理論を利用して報酬に基づいたトレーニングを行う。
- 威嚇したり興奮状態の猫は、人も猫もケガをしないように、それ以上興奮させないようにして落ち着くまで安全な距離を保つ。
こちらも参考に!
5: 猫の嗅覚やその他の感覚を尊重した環境作り
- 知らないにおい(知らないの猫や動物病院を受診した猫のにおいなど)や強い香り(洗剤、香水など)は猫にとってストレスの原因になる。
- 恐怖や不安、不快感を引き起こすような望ましくない感覚刺激(におい、音、まぶしい光)は避ける。
- 安全な場所 → 隠れられる高い場所・狭い場所を用意!
- 複数の生活必需品を離れた場所に設置→ フード・水・トイレ・ベッド・爪とぎを最低でも頭数セット!
- 遊び&狩猟本能の満足→ 猫じゃらし、ボール、おやつ探し遊びを日常に!
- ポジティブで予測可能な人間との交流→ 触れ合いは猫のペースで、いつも穏やかに!
- 感覚を尊重する環境作り→ 強いにおいや音を避けて、安心できる空間を!
猫同士の関係における緊張を認識する
猫同士の緊張のサイン
「猫同士の社会的緊張」は、明らかなケンカが起きていなくても、ストレスや対立の兆候として現れることがあります。最近の調査では、最も頻繁に観察される猫間の緊張のサインは「睨む」で、44.9%の家庭で少なくとも毎日観察され、次いで「追いかける」、「つきまとう」、「逃げる」、「尾をぴくぴくさせる」、「シャ―と威嚇」、「悲鳴のような叫び」でした。猫の数が多いほど、サインがより頻繁に見られたという結果でした。
他の猫が近づくと視線を外したり、身を縮めたり、すぐその場を離れるなど明らかなサインだけではなく、過剰グルーミングのような行動も社会的緊張の現れである可能性があります。また、マーキング行動(家具やカーペットをひっかく、尿マーキングなど)やトイレ習慣の変化にも注意する必要があります。他の猫にじっと睨まれたりトイレをブロックされたりした結果、猫がトイレに行くのを怖がり、トイレ以外の場所で排泄をしたり、尿マーキングをしたりすることもあるからです。
猫の「遊び」と「けんか」の見分け方
🟢遊び | 🔴けんか・対立 | |
体の動き | 柔らかく、ゆるやか | 硬直、緊張している |
交代制 | 一方が追えば、次はもう一方が追う | 一方的に追いかけられる/逃げる |
鳴き声 | ほとんど鳴かない | うなり声、うめき声、悲鳴などがある |
爪/歯の使用 | ほとんど使わない、当てるだけ | 爪を出して叩く、噛みつく(本気) |
止まるタイミング | 休憩を挟む、片方がやめれば止まる | 一方がやめても、もう一方がしつこく続ける |
表情・耳の向き | リラックスした表情、耳は立っている | 耳を後ろに伏せる、目が鋭くなっている |
終了後の様子 | その後も一緒にいる、すぐにまた遊ぶ | 離れて緊張、毛づくろいや逃げる、隠れる |
仲良し猫のサイン
家の中で複数の猫を飼っていると、仲の良い猫同士は、グルーミングし合ったり、体をこすりつけスリスリしたり、鼻をくっつけ合ったり、一緒にくっついて眠ったり、同じ場所でくつろいだり、ニャンプロしたり…とにかく近くにいる時間が長いのですぐにわかります。これらの行動は、猫同士の絆の強さと相関しています。
言いかえれば、これらの行動がない猫同士は、けんかをしなくても仲良しではなく、猫同士の寛容な関係(対立はないけど仲良くもない状態)を示しているといえます。一見静かに共存しているようでも、どちらかが我慢していることもあります。
こちらも参考に!
さいごに
「多頭飼育環境をサポートする5つの柱」を意識しながら猫に理想的な住環境をととのえてあげることができるなら、猫の相性を十分に考慮した上で、複数の猫を迎えてあげる方が猫は幸せに暮らせると思います。猫同士が仲良くしてくれれば、猫と飼い主の幸せ度も倍増すること間違いなしです。
参考資料:
2024 AAFP intercat tensionguidelines: recognition,prevention and management.
Journal of Feline Medicine and Surgery (2024) 26, 1–30