街中ではほとんど目にすることはないのですが、現在ドイツ国内には、およそ200万匹の野良猫がいると推測されています。野良猫(飼い主のいない外で生活する猫)は動物愛護の観点からも、健康の観点からもとても過酷な状況で人知れず暮らしています。ドイツ獣医師会が(2024年8月に)発表した最新の調査結果をご紹介します。
増え続ける飼い猫と野良猫
猫はドイツで最も多く飼われているペットで、ドイツの猫の飼育数は2023年の調査で1,570万匹で、2014年からのおよそ10年間で33%も増加しています。現在ドイツでは、猫の“完全室内飼い”と自由に外に出ることができる“半外飼い”の割合は同じぐらいです。つまり2匹に1匹は何らかの形で外に出ていることになります。1036人の猫の飼い主さんに行ったアンケート調査では、およそ10%の飼い主が飼い猫の去勢・避妊手術をしておらず、そのうちの20%は猫の去勢・避妊手術を拒否すると答えています。ドイツで飼われている猫の数が1,570万匹なので、未去勢の飼い猫の数は157万匹と推定されます。
外で暮らす猫は健康状態が悪く、その猫から生まれた子猫の死亡率が高いにもかかわらず、人間の介入なしでは野良猫の数は増え続けていくことが分かっています。猫は6ヶ月前後で繁殖能力が備わり、年2~3回発情し、1回の妊娠で平均3~6匹の子猫を出産します。
猫の繁殖を自由に任せるとどうなるでしょうか?1匹のメス猫が1年間に2回交配して出産し、内それぞれ3匹の子猫が生き延び、どんどんだるま式に増えていくと仮定すると、10年後には2億匹(!)まで増えるとも言われています。
野良猫が増え続けているのは、去勢・避妊手術がされていない飼い猫が放し飼いにされたり、迷子になったり、捨てられたりすることが主な原因です。猫の飼育数が増えれば増えるほど、猫が逃げ出したり、捨てられたり、他の猫と繁殖したりする可能性も大きくなります。動物福祉が進んでいると思われているドイツですが、長期の休暇の前にペットが捨てられたり、経済的な理由で高齢のペットが置き去りにされるケースは後を絶ちません。
対策
問題解決には、NR活動と同時に、ドイツ全土の”半外飼い”飼い猫の去勢・避妊手術の義務化の必要性が求められています。
TNR活動
野良猫のTNR活動は、世界中で広く積極的に行われています。TNR活動は、野良猫を捕獲し(Trap)、去勢・避妊手術を済ませて(Neuter)、わかりやすいように目印(耳先カットや耳のタトゥーなど)をつけてから元の場所に戻す(Return)活動です。ドイツでも地域の住民、行政、ボランティアや動物保護団体、獣医師など多くの人の協力のもとで地域ごとにTNR活動が行われています。去勢・避妊手術をした後、子猫や人間になついている成猫は、近くの動物保護施設で新しい飼い主を待つことができますが、人に全くなついていない猫は、病気や怪我をしている猫を除いて動物保護団体やボランティアが、可能な場所に給餌ステーションを設置して、定期的に餌やりをし、健康・衛生管理することになります。
去勢・不妊手術の義務化
2008年にPaderborn(パーダーボルン)という都市で”外に出る可能性のある全ての5ヶ月以上の飼い猫”に対して、マイクロチップの挿入・データバンクへの登録および去勢・避妊手術が初めて義務づけられました(パーダーボルンモデル)。マイクロチップの挿入・データバンクへの登録は、登録することで、飼い主は迷子になった動物を見つけやすくなると同時に、ペットを捨てることも難しくなります。
2013年以降、連邦州は動物保護法第13条bに基づいて、州全体の条例を自ら発行するか、あるいは権限条例によってこれを地区や自治体に委ねることができるようになりました。この条例発行の権限を利用して、2024年1月時点で、およそ1,500の都市や地方自治体が(外に自由に出入りできる)飼い猫の去勢・避妊手術、マイクロチップの挿入・データバンクへの登録を義務づけています。
地方自治体は、ドイツ動物保護連盟や獣医師会の情報資料を利用して、猫の飼い主に猫の去勢・避妊の必要性を広めたり、地域の動物保護団体と協力して手術費用を支援するなどの努力もしています。
去勢・避妊手術を受けずに飼い猫を自由に放し飼いにしている飼い主は、各市町村によって異なりますが、通報されれば最高5,000ユーロの罰金が科せられます。野良猫に定期的に餌を与えている人にも同様の責任があります。ただ、猫を遠くから見ただけでは去勢の有無を認識できないことも多く、マイクロチップが入っておらず、登録もされていない猫は飼い主を見つけることも難しいというのが実状です。
動物保護団体やティアハイムの役割
ドイツ動物保護連盟は、動物福祉の理念を追求し、動物虐待防止のために1881年に設立されたヨーロッパの最大の動物福祉団体です。ドイツ16州全土から785の動物保護団体と555の動物保護施設(ティアハイム)が加盟しています(2022年12月時点)。
動物保護団体やボランティアがおもに野良猫を保護し、去勢・避妊手術後に、管理された場所に給餌ステーションを設置して、定期的に餌やりをし、健康・衛生管理する役割を担っています。ケガをしていたり病気の猫には獣医師の治療を受けさせ、新入り猫が来れば、個体を認識し去勢・避妊手術をします。
動物愛護団体が野良猫を保護し初めて獣医の診察を受けさせたとき、99%のケースで何らかの病気にかかっていました。
最も多かった病気やケガの治療は以下の通りです。
現在、ひとつの保護団体は平均すると12ヶ所の給餌ステーションを管理し、給餌ステーションにつき平均10匹(3匹から40匹)の野良猫の世話しています。すべての給餌ステーションを維持するためには非常に多くの人員と資金が必要ですが、動物保護団体の半数以上(53%)が人材不足、半数弱(47%)が野良猫の世話と去勢手術のための資金不足であると回答しています。
動物保護施設(ティアハイム)の最も重要な役割は、引き渡されたり、捨てられたり、逃げ出したり、何らかのトラブルに巻き込まれたりして保護された動物たちに一時的に住まいと適切なケアを提供することです。毎日、フルタイムの職員やボランティアが、迷子の動物を飼い主に返したり、保護された動物の里親を探したりしながら、ケアに努めています。
ドイツ動物保護連盟が行った調査では、現在、動物保護施設の3施設のうち2施設は常に満杯状態で、もはや個人からの犬や猫の引き取りはできないか、あるいはウェイティングリストを通じて限られた範囲でしか引き取れないと回答しています。
まとめ
ドイツも日本と同様、野良猫問題に取り組んでいますが、ドイツで動物保護の問題として一般市民にはほとんど認識されておらず、政治レベルでもほとんど注目されいないというのが現状です。増え続ける野良猫問題をTNR活動だけで解決することはできず、ドイツ動物保護連盟は(外に自由に出入りする)全ての飼い猫の去勢・避妊手術、マイクロチップの挿入・データバンクへの登録を全国的に法的に義務化することを求めていますが、今のところ実現には至っていません。
参考資料:
Deutsches Tierärzteblatt August 2024
Der große Katzenschutzreport Deutscher Tierschutzbund e.V. ,2. Auflage, April 2024