トキソプラズマ症について~正しい予防対策を獣医師が解説

猫とネズミ

トキソプラズマ症は、妊娠中の女性が初感染した場合に胎盤を経て胎児に感染し悪影響を及ぼす(先天性トキソプラズマ症)ことがあるので、「妊婦は猫に近づくな」などと言われていた時代もありました。現在は、妊娠したから飼い猫を手放すなどという方はいらっしゃらないと思いますが、トキソプラズマ症について、そして正しい予防対策などについて最新の情報をまとめてみました。

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トキソプラズマ症とは

トキソプラズマ症とは、トキソプラズマ原虫Toxoplasma gondii(トキソプラズマ・ゴンディ)という単細胞の寄生虫によって引き起こされる感染症で、人・牛・豚・馬・羊・ヤギ・ネズミ・ニワトリなどほとんどの脊椎動物に寄生します。ただ、ネコ科以外の動物は中間宿主で、ネコ科の動物が唯一の終宿主(最終的に成虫がオーシストと呼ばれる卵を産生する)となります。

猫の感染は活発なハンターである外飼いの猫や、十分に加熱されていない肉や生肉を与えられている猫に多く見られ、地域や生活習慣にもよりますが、猫の20~60%がトキソプラズマ症に感染している(抗体価陽性)と言われています。

多くの人も感染しており(例えば米国では約4000万人)、世界人口の約30%がトキソプラズマ症に感染していると推定されています。ドイツの成人(18〜79歳)を対象に、DEGS(Study on the Health of Adults in Germany)が2008年から2011年にかけて実施した調査では、合計6,663人のうち、3,602人が陽性でした。

ほとんどの人は感染しても無症状ですが、免疫不全患者では眼や神経に異常をきたすこともあります。

感染経路

トキソプラズマのライフサイクル

ほとんどの猫は感染した生肉や十分に加熱されていない肉(牛肉、羊肉、豚肉など)、あるいはネズミなどを食べることで感染します。もちろん、オーシストを口から体内に取り込んでしまうことでも感染します。猫は終宿主であり、猫が初めて感染してから数日後、糞便中に数百万個のオーシスト(卵)を排出し始めます。ただ、オーシストが排出される期間は通常およそ2週間ほどです。そして、猫の糞便中に排出されたオーシストは、感染力を持つようになるには、環境条件にもよりますが、通常1~5日かかります。オーシストは非常に抵抗力が強く、土壌や水中で1年以上生存することができます。

中間宿主(ネズミなどの小型哺乳類)の脳に寄生したトキソプラズマは繁殖のチャンスを増やすために、中間宿主の苦手なはずの捕食者(猫)のにおいに対する嫌悪感を減少させ、わざと猫に食べられやすくなるようにその行動を操作しているという説もあります(行動操作仮説)。

人間を含む他の動物は中間宿主であり、感染してもオーシストを産生することはありません。自然界の中間宿主(哺乳類や鳥類)は、オーシストで汚染された土壌、水、植物を摂取したり、シストを食べたりすることで感染します。人への感染経路は主に2つあります。オーシストを含む猫の糞便に接触したものやオーシストで汚染された土壌、水、野菜などを介して経口摂取する場合と、感染した動物(牛肉、羊肉、豚肉、鶏肉など)のシスト(分裂する組織段階)を含む生肉や加熱不十分な肉を食べた場合です。母親から胎児への感染や輸血による感染もあり得ます。

猫の感染(症状、診断、治療)

健康な成猫はほとんどの場合、感染しても無症状です。臨床症状が認められる場合も、感染した猫の年齢や健康状(免疫状態)によって症状が異なり、発熱、食欲不振、嗜眠などが最も一般的な症状です。局所性または全身性のリンパ節炎、脳炎、肺炎、肝臓の腫大、網脈絡膜炎を起こすこともあります。子猫や免疫反応が低下した猫は、健康な成猫よりもトキソプラズマ症にかかりやすく、とくに子猫では、発熱、嘔吐や下痢、呼吸困難、黄疸などの複雑な症状が現れ、重症化すると神経発作や運動障害をきたして死亡することがあります。

確定診断をするためには、抗体検査を2~4週間間隔で行います。抗体価が低い(陰性)猫は、今後トキソプラズマに感染する可能性があり、抗体価が高い(陽性)猫のほとんどは、すでにオーシストの排出を終えており、人への感染源となる可能性は低いという判断になります。オーシストを排出している猫のほとんどは、排出している時点では抗体価が低い(陰性)ので、1回目の抗体価が低く、2回目の抗体価が高い場合は、トキソプラズマに初感染した可能性が高いと考えられます。

オーシストの活発な排泄はごく短期間(2週間ほど)しか起こらないため、猫の便の大部分にはオーシストは含まれていないので、感染状態を評価する手段として、糞便検査(浮遊法など)は推奨されません。

犬・猫などにトキソプラズマ症の症状が現れた場合は、以下の薬がよく使用されます。まず選択される薬は抗生物質クリンダマイシンです。 オーシストの排出を減少させるために、抗寄生虫薬ピリメタミンまたは抗菌薬スルホンアミドが投与されることもあります。また、感染によって影響を受けた臓器や器官の症状を緩和する治療も並行して行われます。治療開始から2~3日以内に臨床症状が改善すれば、一般的に予後は良好ですが、肺や肝臓を侵すトキソプラズマ症感染は予後不良の傾向があります。

人への感染予防策

人への感染で、発熱、リンパ節腫脹、倦怠感などが見られることもありますが、ほとんどは無症状です。

猫と暮らしていること自体が人に感染する重大なリスクになるわけではありません。ただ、妊娠中または妊娠直前にトキソプラズマに初感染した女性や、免疫系が低下している人は、トキソプラズマ症が深刻な結果(重度の視覚障害、発作、中枢神経系の障害など)をもたらす可能性があるのでしっかり予防対策するべきです。野良猫を触ったり、新しい猫(とくに子猫)を飼うことは避ける方が望ましいです。妊娠を計画している方で心配な場合は、トキソプラズマ症の抗体検査をすることをおすすめします。検査で陽性であれば、通常赤ちゃんへの感染を心配する必要はありません。

以下、当たり前のことばかりですが予防対策です。

一般対策

  • 生肉を扱った後は、手をよく洗う。
  • 生の肉、果物、野菜を調理した後は、包丁やまな板を丁寧に洗う。
  • 食べる前に肉を十分に加熱する。
  • 果物や野菜は食べる前に洗うか皮をむく。
  • ガーデニングの際は手袋を着用し、手をよく洗う。

飼い猫への対策

  • 猫は室内で飼う。
  • 猫には市販のドライフードかウェットフード、または調理済みのフードのみを与える。
  • 猫のトイレは毎日掃除し、猫砂は責任を持って捨て(密封できるゴミ箱などに)、その後は石鹸で手をよく洗う。
  • 妊娠中の女性や免疫不全の人は、できれば猫のトイレ掃除を他の人にしてもらう。
  • 庭などにある砂場ややわらかい土には覆いをして、猫がそこで排泄するのを防ぐ。

まとめ

人獣共通感染症であるトキソプラズマ症は、妊娠中や免疫不全の人にとっては危険です。ただ、猫を飼うこと自体が人に感染する重大なリスクではありません。猫の飼い主は、猫を可能な限り室内で飼育し、トイレを毎日掃除することで感染のリスクを大幅に減らすことができます。

オーシストで汚染された食物や水を経口摂取したり、生や加熱不十分な肉に含まれる組織シストを摂取したりすることの方が、はるかに重大で現実的なリスクです。

参考資料

Toxoplasmose bei Katzen Vet Focus 33.2 (27/09/2023)

https://www.vet.cornell.edu/departments-centers-and-institutes/cornell-feline-health-center/health-information/feline-health-topics/toxoplasmosis-cats